コントラストから生まれる現代性 ──ガムフラテージを訪ねて。

  • 文:猪飼尚司

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雑誌「Pen」でも活躍する編集者&ライターの猪飼尚司さんが、いまデザイン界で注目を集めるデザイナーのアトリエを訪問、その魅力をひも解きます。

二項対立から生み出される作品。

デンマーク人のスティーネ・ガムとイタリア人のエンリコ・フラテージ。2人が知り合ったのは、スティーネがイタリアのフェラーラ大学に留学していたときのことでした。2006年にデザインユニットとして独立。その後公私ともにパートナーとなった彼らは、現在コペンハーゲンを活動拠点にしながらも、いまだに共通言語はイタリア語というユニークな側面ももっています。
静かな口調でゆっくりと話すスティーネに対し、早口でまくしたてるエンリコ。一見すると、典型的な「北欧vs.ラテン」とも言える対照的な存在なのですが、デザインに対するビジョンはピッタリと合っていると答えます。
「僕らは育ってきた国も環境も大きく異なることもあり、発想や考えの組み立て方は全然違うのに、結局目指すところは一緒なんですよね」
エンリコがそう語ると、「たしかにそうよね」とスティーネはやさしく目でうなずきます。
テキスタイルやディテールの微妙な違いで、シーティングの内と外でうっすらと表情が異なるフレデリシアのソファ「HAIKU」。最小限のエレメントで最大の表現を求めたことから、その名を付けられている。
座ったときの心地よさを強調するために、シートの内と外で全く異なる表情をもたせたソファ「HAIKU」(上写真)。木製のテーブルに繭のようなシールドをのせて、小さなプライベート空間を生み出したデスク「Rewrite」(下写真)など、ガムフラテージは、二項対立から派生する脱構築にも似た世界観をつくり出すのが得意です。相容れないように思える素材や構造を組み合わせてみたり、意図的にボリュームに強弱を付けたりと、少しでも間違えると唐突に見える表現を、絶妙なバランス感覚で整えていきます。
「伝統的な製法でつくられているクラシックなアイテムでも、構成要素を組み替えると急に現代的なものに見えてくるもの。意図的にコントラストを付けながらも、無理を感じないバランスのなかに収めることをいつも考えています」
リーン・ロゼのデスク「Rewrite」。仕事に集中したいとき、外部からの視線や騒音をやさしく遮ってくれるアイテム。天板下にはケーブルをまとめるボックスを付けるなど、機能面にも配慮している。
ガムフラテージの2人に共通するもうひとつのポイント。それはそれぞれの母国に、強力な近代デザインの潮流があることでしょう。ご存じの通り、スティーネが生まれたデンマークは、20世紀前半からハンス・J・ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、ポール・ケアホルムなどの巨匠が次々に登場し、近隣国のみならず世界に大きな影響を与える北欧デザインの基盤をつくりあげた国。一方、エンリコの出身地、イタリアは、戦後の復興から一気にデザイン黄金期を迎え、アッキレ・カスティリオーニ、エンツォ・マーリ、エットレ・ソットサスなどが次々に挑戦的なムーブメントを起こすとともに、カッシーナやアレッシィといった企業がデザイン産業を着実に牽引してきました。

両国ともにデザイナーとの協働に慣れた企業が多く、新たなクリエイションを受け入れる枠組みもある程度整っています。こうしたメリットの一方で、多くの巨匠たちがすでに存在するのは、ときに保守的な階層構造や上下関係を生み出し、若い世代の台頭を阻むことにもなります。
「偉大な先輩たちが大勢いることは、たしかにプレッシャーです。でも、実際には彼らのような存在が心の支えになることの方が多かったかも」
学校では先生がいろいろと手取り足取り教えてくれますが、いったん社会に出ると、自分で考え、答えを導き出さなければなりません。そんなときガムフラテージは、巨匠たちが良き指導者となってくれたと言います。
「アイデアの広げ方から企業との付き合いに至るまで、『僕たちはこうやってきたんだよ』と、間接的にアドバイスをもらっていたような気がします。彼らが残してくれた道しるべを辿ることで、迷うことは少なくて済んだ」
ライトイヤーズの照明「VOLUME」。シェードの上部をつまみのように回すことで調光できるこのランプは、ステレオのアンプからインスピレーションを受けたもの。

デンマーク・デザインの現在とは。

グビから2013年に発表したイス「Beetle」。カブトムシの外骨格からヒントを得て、座面の内側はソフトなクッション、一方外側は堅い素材で仕上げている。
アトリエでも家でも一緒。仕事の話を家庭に持ち込まないなんてルールは、彼らには存在しません。
「いわばファミリービジネスですから、食事中でも就寝前でも思いつけば、すぐに仕事の話に切り替わっちゃいますね」
ケンカも絶えないのでは……などと余計な心配をしてしまいますが、「答えはいつも同じ方向にあると互いがわかっているので、激しく言い合うことはありません。ただ、あまりにも専門的な細かいことばかり話していると、3歳になる息子に『BASTA!』(もうやめて!)って言われちゃいますけど(笑)」とのこと。
コペンハーゲンの港湾エリアに生まれた複合飲食施設「The Standard」の空間ディレクションを行ったガムフラテージ。写真は1階のインドレストラン「Veranda」。インディアン・アンティークと北欧の現代家具をうまく組み合わせている。
2013年にはイタリアと中国の2カ所でデンマークデザインの流れを紹介する大規模な展示会の会場デザインを担当し、新しい観点からデンマークデザインを見据えるガムフラテージ。彼らの視点から見たデンマークデザインの現状とは一体どんなものなのでしょうか?
「グローバリゼーションの進行により、何がデンマークらしいものなのかは不鮮明になってきています。でも、この国のデザインの原点はやはりクラフト。職人的意識がデザインに大きく影響を及ぼしていることもあり、素材や機能に対して、常に正直であることがここでは求められます。ただ、あまりにも“近視的”になることは危険」
彼らの言う「近視的」とは、第三の視点をもたず価値や方法論を決めつけてしまうこと。「長年の歴史を未来へとつなぐためには、絶えず一つ先にある問いに耳を傾け、答えを求める必要があるでしょう」とガムフラテージは言います。
まもなく開催される今年のミラノサローネでは、コンテンポラリークラフトとデザインを紹介する「Mind Craft」展のキュレーションを担当。彼らの言う「一つ先にある問いと答え」がどのように展開されるのか楽しみです。(猪飼尚司)
2013年春、ミラノトリエンナーレで発表した「Danish Chromatism」より。デンマークデザインの100年を振り返りながら、色ごとに分けて展示することでクラシカルなアイテムも現代的な表情に映る。