世界的にも希な、ヴィンテージ専門の眼鏡店。

  • 写真:永井泰史
  • 文:小暮昌弘

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デスティネーション ショップ05:「ソラックザーデ」が提案するヴィンテージアイウエアの世界。

ヴィンテージフレームだけが売りではない。

「ソラックザーデ」が展開するのは、「レイバン」「アメリカンオプティカル」「タート」といった米国ブランドから、英国やフランスの眼鏡フレームまでさまざま。すべてがデッドストック、つまり倉庫に眠っていた新品ばかりで、現在は店内に1000本、近くにあるストックルームを含めると約1万本の眼鏡フレームの在庫をもっています。ニューヨークやロサンゼルスにもこの種の眼鏡を扱う店はありますが、これだけの種類、数量を揃えた眼鏡店は世界でもここだけだと断言できます。しかし岡本龍允さんは、「ヴィンテージフレームだけがこの店の売りではない」と強調します。

兄弟2人でデッドストックの眼鏡フレームをコレクションしはじめて間もなく、地元大阪や福井県鯖江市の眼鏡職人のもとに通いながら、眼鏡に関するさまざまな技術と知識を習得。いまでは光学的な専門知識まで、2人を含めたすべてのスタッフが熟知しているのが「ソラックザーデ」の特徴です。希少なフレームを単に販売するだけでなく検眼からフレーム調整はもちろん、修理や鼻盛り(ノーズパッドの調整)、ガラスやツーポイントなどの複雑なレンズ加工、さらには完全オーダーメイドのフレーム製作まで、自前で行うことにこだわっているのです。

「僕らが扱っている商品は、フレームとレンズを含めた“眼鏡”」と岡本龍允さんは力説します。希少性があるヴィンテージの眼鏡フレームのみにスポットが当たりがちですが、眼鏡専門店として、フレームだけでなくレンズにもこだわり、使用感やメンテナンスなどに対しても、プロフェッショナルでありたいと考えているのです。
最初に紹介するのは、「タート」のセルフレーム。1950年代当時はジェームズ・ディーンが、現在は同じ頭文字“JD”のジョニー・デップが愛用していることでも有名なブランドです。この2本は50年代につくられたもの。折り畳んだ時に、フラットになるのが特徴です。「フレームに合わせて、フラットレンズを入れたほうが断然カッコいい」と岡本龍允さん。まだプラスティック生地の色数が少なかった時代のもので、2色づかいのフレーム(下)はクリアの生地で削り出したのち、2色目を貼り合わせという技法で融合させているそうです。下に置いたペーパーボックスも当時のものです。
次は「アメリカンオプティカル」が30年代につくったメタルフレーム。1/10・12Kの金張り仕様です。このフレームは「フルヴュー(FUL-VUE)」の名称で知られる特別なモデル。それまではフレーム横の中央部にあった蝶番パーツが、上部に移されました。これによって目のポジションが上がり、下にスペースができて視界が広がりました。「フルヴュー」の名称はアメリカンオプティカル社の登録商標で、当時は「ボシュロム」「シュロン」などの眼鏡メーカーも同社に使用料を支払って、この蝶番仕様を採り入れたそうです。まさに、エポックメイキングなメタルフレームといえます。
店の奥のカウンターで作業をする兄の岡本龍允さん(右)と弟の竜さん(中央)。左がスタッフの山﨑リコさん。ほかのスタッフも、フレームの知識から技術的なことまで、眼鏡のすべてに精通しているのが「ソラックザーデ」の強みです。世界各地で開催されるトランクショーにもスタッフ揃って参加するそうです。

対面接客にこだわり、プロとして見立てる。

普通の眼鏡店ならば店頭にたくさんのフレームが陳列され、その中から自分で好みのものを選ぶのが常ですが、「ソラックザーデ」にはショーケースに飾られたもの以外、商品はほとんど並んでいません。「僕らは自分たちのことを店員とは思っていません。お客さまも顧客という以上に、パーソナルな関係で接するような感じでいたいのです。接客というよりひとりの人間として、正面から接し対話するなかで、自分がもっている経験と知識、センスを総動員して、その時の旬なストックからその人に似合うものを見立てるのです」と彼らは言います。いろいろなタイプのフレームを並べて薦めるのではなく、お客さまに似合うものを厳選して見立ててくれるのです。

「もちろん、商品の背景にある情報はすべてお伝えしていますが、顔に対して、スタイルに対して、何が似合うかという部分をきちんと提案する店なんです。ファッション的なセンスだけではなくて、その人がどんな会社で働いているか、公務員の人か、アパレル業界の人なのか、主婦なのか……。同じような顔で、同じような雰囲気をもっていても、社会的にどのように見られるかというところまでイメージします。あまりカッコいい言い方ではないのですが、購入したあとで、その眼鏡をかけていて周りから“褒めてもらえる”ところまで責任をもちたいのです。似合っている時にはそう伝えますし、ときにはもっといいものがありますと、次の候補を。それが僕らのやり方なんです」

これは人気ブランドの「レイバン」で、1960年代の製品です。この時代はオーバルやスクエア、スポーツ仕様のフレームデザインが出てきたそうです。ジーンズが大量生産された時代で、フラワームーブメントなどでアビエーターモデル(右上)がファッションでも身に着けられるようになりました。まだレンズはガラス製で、大ぶりのサングラスは女性には重たかったのではないでしょうか。それが70年代になるとプラスティックレンズが普及し、サングラスは格段に軽くなりました。オレンジ色のフレーム(左上)はオリンピックイヤーのもので、23ドルのシールが付いたままです。
「カザール」は、79年に旧西ドイツでスタートしたブランド。80年代にはヒップホップスターがよくかけていて、アフリカ系アメリカ人を中心に流行った眼鏡フレームです。同じドイツの「ローデンストック」よりもファッション性が強いのが特徴です。「直線的なラインはバウハウスの影響を受けていて、バウハウスがそうであるように古代エジプトからのモチーフも見受けられます」と岡本竜さんは解説します。ブランドロゴはレンズに付けたままで、「アディダス」のスニーカーに「カンゴール」のハット、胸元にはゴールドチェーンというのが、当時のアフリカ系アメリカ人たちのお気に入りのスタイルでした。
「『カルティエ』は僕たちにとっては、最強のブランド」と岡本龍允さんは断言します。眼鏡に詳しくなればなるほど、そのつくり、ディテールの仕上げの美しさがプロをも唸らせるのだそうです。「面の出し方や見えない部分までを完璧に磨いているところなど、アクセサリーブランドではなくジュエラーならではの視点が詰まっています。眼鏡業界でもつくり手側の人間でなければ、何がすごいのか説明できないほどの隠れたこだわりです」とも。「カルティエ」の眼鏡フレームはショーケースの中にジュエリーのように飾られ、店内の商品の中でもスペシャルな雰囲気を醸し出しています。
また店内には「フェンディ」「ペルソール」「タート」などの希少な眼鏡フレームが、当時のペーパーボックスとともに並んでいます。今年5月には、昔「ボシュロム」のスイスの代理店をやっていた方から連絡があり、スイスまで出かけて1300本もの「レイバン」のフレームを買い付けてきたばかり。デッドストックの商品は自分たちの目でクオリティを確かめなければならないので、すべて現地まで出向いてバイイングするそうです。3月にはニューヨークのソーホーで、有名なヘアサロンの地下2階に眠っていた大量のフレームを見つけてきたそうです。「宝探しみたいなものですね」と2人は笑います。
「レイバン」のフレームは、当時の純正販売ケースでディスプレイされていました。37年に米国でスタートしたブランドで、先述した「アメリカンオプティカル」の「フルヴュー」のフレーム下部をラウンドさせることで、同ブランドを象徴するティアドロップモデルのサングラスが生まれたとも言われています。

ヴィンテージフレームにはガラスレンズを!

「ソラックザーデ」がほかの眼鏡店と大きく異なるのが、レンズはガラス製を薦めていること。軽量なプラスティックレンズを合わせて、かけやすさを追求したほうが一般的には販売しやすいと思うのですが、2人はガラスレンズにこだわります。製造は愛知県の「東海光学」という、ガラスに日本一強いレンズファクトリーに依頼しています。数年前から同店からの発注がたくさん入るようになり、それまでほぼ稼働していなかったというガラスレンズの工場が再稼働するように。これに伴い同社も「ソラックザーデ」からの色のリクエストに応えるように、研究開発に励んでくれているとのこと。ガラスレンズはプラスティックと異なり、色出しが難しく、カラーバリエーションが少ないのがネックなのです。

「ガラスレンズのよさは、まず耐久性にあります。傷が付きにくく、熱にも強い。プラスティックは粘りがあって割れにくいのですが、軟らかいので表面に傷が付きやすいのです。ガラスレンズの素晴らしい点は、やはり質感がいいところです。まず音が違います。たとえばバーで、眼鏡をカウンターに置いた時に“キンキン”と鳴る。プラスティックではこうはなりません。デメリットは割れやすいことと、重さでしょうか。でもシルクやカシミアと同じで、モノとしては何より質感が大事。初めて手にした人にでもわかる、圧倒的な違いがガラスレンズにはあるのです」

“質感=クオリティ”を大事にしているからこそ、ガラスレンズを薦め、フレームに合わせてレンズも自分たちで削ります。そんな彼らがお薦めするブランドのひとつが、英国の「ダンヒル」。「1970年代では、『ダンヒル』と『ディオール』が男性眼鏡フレームの代表格でした」と岡本竜さんは言います。セルフレームからメタルフレームまで、トレンド性が強く、クオリティが高い眼鏡フレームをつくっていたことはあまり知られていません。
映画俳優のスティーブ・マックイーンが個人的にも愛用していたことで知られる、イタリアの「ペルソール」のサングラスです。右の2本が「649」というモデルで、その上にあるのが、同モデルを折り畳める仕様にしたモデル。80年代の製品で、現在40代以上の方やマックイーンファンに人気が高いサングラスです。
デッドストックの眼鏡フレーム、特にセルフレームの状態の良し悪しを見抜くポイントは水分にある、と岡本龍允さんは解説します。
「じつは新品のフレームをつくるプラスティックの板材は、10年くらい寝かせたものがベストと言われています。それを削って磨いて、フレームに。でも50年も経つと、どうしても水分が減っていくんですね。しかもプラスティックフレームの水分量は補給できません。新品の水分量が90%くらいだとしたら、僕らは80%くらいまでの状態を保っているものに限定して販売しています。60から40%くらいになると酸っぱい匂いがしたり、表面が縮んでデコボコになってしまうんです。新品のセルフレームと同様に、5年はしっかりと使えるものだけを選んでいます」
デッドストックの場合、フレームはもちろんのこと、各種パーツを集めるのも苦労します。加えて日本人と欧米人では顔の大きさや形に違いがあり、鼻の高さも異なります。だからフレームを自分たちで削り、フィットさせます。ノーズパッドもオリジナルでつくっているほど。緩んだ蝶番をかしめる専用カシメ機などもヴィンテージのものを自分たちで購入して、すぐその場でカシメ直しの修理ができるようにしました。「弟は昔から手先が器用なもので」と岡本龍允さんは微笑みます。

再評価されるジャパンメイドの名品たち。

「ソラックザーデ」のバイイングは、海外だけではありません。ときには国内の古い商店街で、昔から営業していたような眼鏡店まで訪ねることも。「在庫で、旧いフレームが眠っている場合もありますからね」と岡本龍允さん。いまでは眼鏡といえば福井県の鯖江市が世界的に有名な産地ですが、以前は東京や大阪にも眼鏡メーカーが点在していました。彼らが通い技術を習得したのも、大阪の東大阪というところにある小さな眼鏡工房です。

鯖江市でつくられたもので、アイウエア史的に意義があると同時に、デザイン性にも優れ、いまもなお世界中のコレクターからファッショニスタまでが夢中になって集めている、と紹介してくれたのが「ジャンポール・ゴルチエ」です。「村井眼鏡」というメーカーで製作されていたフレームですが、フランス本国から送られてくるデザイン画を見事な造形に仕上げていたそうです。単なるライセンス商品にはない、卓越したデザイン性を感じます。日本ブランドではほかに「MATSUDA(ニコル創設者による海外向けのアイウエアブランド)のフレームにも、素晴らしいものがいくつかあります」と彼らは熱く語ります。ゴルチエもそうですが、メタルパーツが複雑につくり込まれており、鯖江でなければ世界中のどこも実現できなかったという技術力の結晶です。この2ブランドは特に海外で、いまだに当時のものを探し求める熱烈なファンが多いそうです。
そういう意味で彼らがデザイン的に好きなのが、初期の「アラン ミクリ」です。「デザインが“暴れて”いて、このデザイナーが若かりし頃の勢いを感じます。ブランド初期には、ミクリ自身が糸ノコで削り出してつくっていたものもあるとか」と解説するのは岡本竜さん。お薦めしてもらったのが、1980年代のサングラス。ちなみに同ブランドの80年代物は、すべてのフレームに製造年度の数字が刻印されているそうです。
店内には眼鏡とサングラスのほかに、一緒に仕入れた50年代以前のフェドラハットや金無垢のアンティークジュエリーも並んでいます。岡本さん兄弟はよくハットを被られていますが、ご自身で身に着けているものも小物はほぼすべてがヴィンテージアイテムだそうです。

「常連さんも来るたびに、新鮮に感じてもらえるようなライブ感のある店でありたい。商品セレクトやメンテナンス技術だけではなく、この空間と僕たち自身も含めて楽しんでもらいたいので。じつは、ここには隠し扉などもあるんですよ」と岡本龍允さん。深緑色に塗られたビルの扉を開けて、ひととき、彼らが提案するアイウエアとサプライズに身を任せてみてはいかがでしょうか。(小暮昌弘)

※眼鏡フレームとサングラスの価格は4万円から、レンズの価格は1万円から。なおヴィンテージフレームの価格は変動しますので、直接店舗にお問い合わせください。

ソラックザーデ

東京都渋谷区神宮前4-29-4 goro's Bldg. B1F
TEL:03-3478-3345
営業時間:12時~20時
定休日:不定休、水曜のみ完全予約制(来店する前日までにメールでのアポイントが必要)
http://solakzade.com