【いま、パリで見るべき展覧会】Vol.2 貴重な12点が集結中! フェルメール好きならばルーヴル美術館を目指しましょう。

  • 写真:小野祐二
  • 文:青野尚子

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5月22日まで、パリのルーヴル美術館でフェルメール作品12点が揃う「フェルメールと風俗画の巨匠たち」展が開催されています。パリを訪れるならば、50年に1度とも言える希少な機会をお見逃しなく!

現存する作品は世界中でわずか35点ほど。作品自体が希少なヨハネス・フェルメールの人気は、高くなるばかりです。パリのルーヴル美術館で12点もの作品が並ぶ「フェルメールと風俗画の巨匠たち」展は、50年に1度と言えるくらいの貴重なチャンスかもしれません。円熟期の傑作が揃った、見逃せない展覧会を紹介します。

各国の美術館から、自慢の作品がやってきた。

ルーヴル美術館「フェルメールと風俗画の巨匠たち」展会場風景。抑えた色の展示壁で絵に集中できる。

2月22日からはじまったルーヴル美術館の特別展「フェルメールと風俗画の巨匠たち」。同館所蔵の『天文学者』『レースを編む女』をはじめ、アムステルダム国立美術館の『牛乳を注ぐ女』やワシントン・ナショナル・ギャラリーの『天秤を持つ女』など、各国の美術館から自慢の一品がやってきました。

ルーヴル美術館「フェルメールと風俗画の巨匠たち」展。同じ画題ごとにフェルメールと他作家の絵が並ぶ。

フェルメールは1632年、オランダのデルフト生まれ。誰の工房で修業したのかなど、その生涯にはわからないことが少なくありません。初期には宗教画や物語画も手がけていましたが、当時の需要に合わせて風俗画と呼ばれる、一般の人々の暮らしにフォーカスを当てた絵画を手がけるようになります。その頃のオランダは貴族に代わって海洋交易による富をたくわえた市民が台頭、裕福な商人たちが室内に飾る絵を注文していました。フェルメールより四半世紀ほど年上のレンブラントも医師や商人たちの肖像画を多く描いています。

左:フェルメール『リュートを調弦する女』1664年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館。右:エグロン・ファン・デル・ネール(1635/1636〜1703、オランダ)の同主題の作品。ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク。

この展覧会の面白いところはハブリエル・メツーやフランス・ファン・ミーリスら同時代のオランダの風俗画などとフェルメールの作品を並べて比較できるようにしていること。当時の絵には「手紙」「音楽の演奏」「家事をする女性」など共通する画題が多く、それらを比べることでフェルメールの絵の個性を浮き上がらせる仕掛けです。

左:ピーテル・デ・ホーホ(1629〜1684、オランダ)『金貨を秤る女』。ベルリン、国立絵画館。右:フェルメール『天秤を持つ女』1664年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

たとえばフェルメールの『天秤を持つ女』の隣にはよく似た構図のピーテル・デ・ホーホの絵が並びます。左側に窓のある室内でテーブルを前に、天秤量りを手にする女性は服装もポーズもそっくりです。ピーテル・デ・ホーホはフェルメールと同時代のオランダの画家で、一時期デルフトで活動していました。この2枚の絵に関して、どちらかが一方の絵を参照したのはほぼ確実ですが、フェルメールがデ・ホーホの絵を見て描いたのでは、と見られています。

わずかな小道具で、登場人物の心情や状況を表現する。

フェルメール『天秤を持つ女』1664年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

二人の女性が天秤で量っているのは金貨や銀貨です。当時は貨幣の重さを量って価値を見極めるのは主婦の仕事でした。彼女たちはお金を数えるという世俗の欲を表していることになります。が、フェルメールの描く天秤にはなにも載っていません。また彼は画中画として背景に「最後の審判」を描いています。「最後の審判」では大天使ミカエルが一人一人の魂の重さを量るとされています。フェルメールの天秤は人の魂を量るという聖なる役割を担っているのです。室内や人物を包み込むような光の表現も、この女性が特別な存在であることを示唆します。

左:ハブリエル・メツー(1629〜1667、オランダ)『中断された手紙』ニューヨーク、ライデン・コレクション。右:フェルメール『手紙を書く女』1665〜1667年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

郵便制度が整備されていたオランダでは手紙のやりとりも盛んでした。この展覧会にも手紙を書く男女の絵が並びます。その多くは恋文であり、手紙が登場する絵は恋愛を表しているのです。『手紙を書く女』には書いている途中で部屋に入ってきた人に気づいたのか、机から顔を上げてこちらを見る少女の姿が描かれます。微笑んだその表情は手紙を書きながら相手を想う彼女の心情を暗示します。

左:ヘラルト・テル・ボルフ(1617〜1681、オランダ)『手紙に封をする女』ニューヨーク、個人蔵。中:フェルメール『手紙を書く女と召使い』1670年頃 ダブリン、ナショナル・ギャラリー。右:ハブリエル・メツー『手紙を書く男』ダブリン、ナショナル・ギャラリー

『手紙を書く女と召使い』では、女主人が手紙を書き終わるのをメイドが待つシーンが描かれます。テーブルの前にはしわくちゃになった手紙が落ちています。なんと書こうか考えあぐねている女主人の気持ちが伝わってきます。フェルメールはこのように、わずかな小道具で登場人物の心情や状況を表現するのが得意でした。彼の絵に漂う静けさはこんなところからも生まれています。

『ヴァージナルの前に座る女』1671〜1674年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

手紙と同様に音楽も男女のロマンスを表すものとして多くの画家がとりあげました。この展覧会にもフェルメールの『リュートを調弦する女』や『ヴァージナルの前に座る女』などが出品されています。ここでもフェルメールの省略の技巧が際立ちます。ほかの画家の絵では演奏を楽しむ人々だけでなく、飲み物や楽器を持ってくるボーイなどが描かれることが珍しくありません。フェルメールの絵ではそういった状況説明が省略されることが多く、純粋な音楽の喜びが伝わってきます。同時に描かれている人々はなにを思っているのか、なんのために楽器を演奏しているのか、さまざまな解釈が見る人に委ねられることになるのです。

他作家との比較から、フェルメールの作風と生涯を読み解く。

フェルメール『天文学者』1668年(中央左、ルーヴル美術館)と『地理学者』1669年(中央右、フランクフルト、シュテーデル美術館)。両脇は2点ともヘラルト・ドウ(1613〜1675、オランダ)『蝋燭と天文学者』(右/ライデン、ラーケンハル美術館、左/ロサンゼルス、J.ポール・ゲティ美術館)

フェルメールが男性を単独で描いた絵で、現存しているものは2点のみ。会場にはその2点、『地理学者』と『天文学者』が並びます。両脇にはやはり同時期のオランダの画家、ヘラルト・ドウの同主題の絵が。しかしドウの描く学者は夜、ろうそくの光の下で研究をしています。フェルメールの2人はお馴染みの左側にある窓からの光で本や書類を見ています。『地理学者』のほうはテーブルに広げた紙がまぶしいほど。当時のオランダでは振り子時計が発明されたり、顕微鏡による微生物の研究が進むなど、近代科学の萌芽ともいうべきものが芽生えていました。2枚の絵に描かれた地球儀や着物のようなガウンなどは、遠くは日本とも交易を行っていたオランダの国際感覚を表します。フェルメールが描いたのはまだまだ試行錯誤しながらではありますが、錬金術などとは違う進歩した科学に取り組むエリートの姿なのです。

『牛乳を注ぐ女』1657〜1658年頃 アムステルダム国立美術館

この展覧会ではフェルメールの2枚の絵を比べて見るのも面白いもの。『牛乳を注ぐ女』は誰もが最高傑作と認める逸品です。描かれているのはたくましい身体つきの召使い。壺から鍋に牛乳を移し替えるという、なにげない動作を捉えています。おそらくはパンのプディングを作っているのでしょう。パンや籠には小さな光の粒が踊っています。背後の白い壁が女性の姿を浮かび上がらせます。この壁にはもともと、地図が描かれていましたが、フェルメールはそれを消してしまいました。要素を最小限まで減らしたことがありふれた女性を特別なものにしています。

『レースを編む女』1669〜1670年頃 ルーヴル美術館

その隣に展示されているのが『レースを編む女』です。小さな絵ですが、じっと見ていくと不思議な糸の表現に目を引かれます。垂れ下がる赤や白の糸がまるで絵の具を垂らしたように描かれているのです。その他、女性の顔など『牛乳を注ぐ女』に比べると簡略化された表現が目立ちます。この絵は『牛乳を注ぐ女』から10年あまり後に描かれたと考えられています。その間、オランダはフランスに侵攻され、フェルメールら風俗画家たちの重要なクライアントだった中産階級の人々は大きな打撃を受けました。フェルメールもその影響を受け、苦しい生活を強いられたと思われます。彼はこの絵を描いた5年ほど後、おそらくは病でこの世を去りました。享年43歳は当時にしても長命とは言い難い年齢です。『レースを編む女』の後、亡くなるまでに描かれた数点の絵を詳しく見ていくと、それまでの精緻な表現に比べると細部にやや力がないことがわかります。時代の変化に画家も翻弄されていたのです。

『真珠の首飾りの少女』1663〜1664年頃 ベルリン、国立絵画館

フェルメールは現存作品が少なく、美術館に展示されているものが多いため、“巡礼”をする人も珍しくありません。街並みや風景を味わいながらお目当ての宝にたどり着く、その道行きも楽しいものですが、今回の展覧会のように一堂に会した作品を比べながら見るのも興味深いもの。それぞれ単独で見ていたのではわからなかった、新たな発見をすることもあるでしょう。はるばるパリまで出かける価値のある展覧会です。

『信仰の寓意』1670〜1672年頃 メトロポリタン美術館
『ヴァージナルの前に座る若い女』1670年頃 個人蔵


協力:フランス観光開発機構 http://jp.france.fr
   パリ観光会議局  http://ja.parisinfo.com
   パリ・イル・ド・フランス地方観光局  www.visitparisregion.com

Vermeer et les maîtres de la peinture de genre(フェルメールと風俗画の巨匠たち)
会期:〜5月22日
会場:Musee du Louvre(ルーヴル美術館)
TEL: +33-1-40-20-53-17
開館時間:9時〜18時(水、金は22時まで)
休館日:火曜
入場料:15ユーロ(一般)
www.louvre.fr