「リー・ミンウェイとその関係展」に、点子さんが参加しました。

  • 写真:江森康之
  • 文:青野尚子

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国際的に注目を集めるアーティストの20年にわたる代表作を網羅した、「リー・ミンウェイとその関係展」。六本木・森美術館で開催されている注目の展示をレポートします。

悩む時間も、作品の大事な要素に。

展覧会場のエントランス。
展覧会に“参加”してくれたのは、自身もアーティストとして活動するモデル・女優の点子さん。
『石の旅』。リーさんが拾った7000年の氷河期を経て丸くなった自然の石と、そっくりにつくられたレプリカがセットになっている。
では、点子さんとともに、さっそく展覧会場へと足を運んでみましょう。最初に紹介するのは、こちら。同じ形をした石がふたつずつ、11組並んだ作品です。

『石の旅』というタイトルのこの作品は、リー・ミンウェイがニュージーランドのポロラリ渓谷で拾った石と、その石とそっくりにつくったレプリカとの組み合わせです。この石の作品を買った人は、ある時点でどちらかを捨てなくてはなりません。ニュージーランドで拾った石は“本物”で、レプリカの石は“ニセモノ”なのかもしれませんし、レプリカの石はリーさんの“作品”であって、ニュージーランドで拾った石はアートではないただの石、と考えることもできます。点子さんはもし自分がこの作品を買ったらどうするか、ちょっと悩んでしまったよう。そう簡単には決められない、そうやって悩む時間もこの作品の重要な要素なのです。
『プロジェクト・女媧(ヌワ)』。鮮やかな色彩で女神が描かれた凧の作品。
会場の一角で上を見上げると、女性の絵を描いた凧が浮かんでいます。この『プロジェクト・女媧(ヌワ)』は中国や台湾の神話からインスピレーションを得たもの。天が崩壊しそうになったとき、女媧(ヌワ)という女神が自らの身を犠牲にしてふさぎ、子どもたちである私たちを救ってくれた、という物語です。この作品を買った人は思い出や夢を女媧(ヌワ)に託し、空高く凧を揚げ、その凧の糸を切らなくてはなりません。『石の旅』と同じように、買った物を大切に持っているということはできないのです。その思い出はこのアートでなければ体験できない、特別なものなのです。

作品に託されたメッセージ

『プロジェクト・手紙を書く』。壁に置かれた手紙は毎日、閉館後に回収される。
「ありがとう」や「ごめんなさい」など、誰かに伝えたいことがある人はいませんか? 『プロジェクト・手紙をつづる』は、そんな人のためのアートです。小さな小屋の中には机とペン、便箋と封筒が置いてあり、観客は誰かに手紙を書くことができます。他の人が読んでもかまわない場合には、封をせずに棚に置きます。他の人に読んでほしくない手紙なら、封をします。住所を書いておけば、スタッフが郵送してくれます。言いたくても言えなかったことを、こんな形で届けてくれるのです。
封がされていないものは読んでもいい、ということなので、いくつか読ませてもらいました。「パパへ」とたどたどしい字で宛て名が書かれた封筒には、なぜか隅のほうにお父さんの似顔絵が描かれていました。女性の名前が宛て名に書かれた封筒には「あなたと一緒にここに来られたらよかったのに」という内容の手紙が入っていました。
「好きだけれど言えなかった相手へのラブレターもあるのかな」という点子さんも、手紙を書いています。誰に、何を書いたんですか? と聞いてみたら「秘密です」ということでした。
『布の追想』。箱の中にはさまざまな歴史が隠れていて、一つ一つ開けてみたくなる。
一段高くなった台の上に大小さまざまな箱が置いてあります。かけられたリボンをほどいて中を開けると、そこには古い着物や布地が入っています。どれもリーさんのものではなく、公募で集められたものです。箱の裏には、それにまつわる文章が書かれた紙が貼られています。点子さんが開けた箱にはおばあさんの着物が入っていました。
「すごい昔の着物なのに、きれいなままなのに驚きました。大事にしていたんだな、と思って」と点子さん。「昔話で大きな箱と小さな箱の2つがあって、大きな箱を開けるとヘビが、小さな箱には宝物が入っている、というのを思いだしました。他の箱も何が入っているのか気になって、どんどん開けたくなりますね」
『砂のゲルニカ』。右上に見える一角だけ砂絵を描かずに残してあり、砂絵を崩すパフォーマンスの際、リーさんがそこを仕上げる。
『砂のゲルニカ』という作品は床に砂絵でピカソの「ゲルニカ」を描いたものです。とてもきれいに描かれているのですが、会期の途中で観客が一人ずつ中に入り、歩いて崩してしまうというパフォーマンスをします。絵がどんどん崩れていく傍らでリー・ミンウェイは、最後に残った一角をきれいに仕上げていきます。チベットの僧侶たちが描く砂絵曼荼羅も地面をていねいにならして細かい曼荼羅を描き、それを壊して川に流すところまでが一連の儀式とされています。破壊も創造のプロセスの一部なのです。
家族写真を飾ったコーナー。リーさんの祖父は、日本政府の台湾統治時代に明治大学で法学を学び、リーさんに「明治維新」にちなんで「明維(ミンウェイ)」と名付けた。祖母は東京女子医学専門学校(現東京女子医科大学)で学び、女医となった。
リー・ミンウェイさんの家族写真がたくさん飾られているコーナー。リーさんが生まれる前のものからあります。アルバムを開いて並べているような雰囲気です。
「アルバム見るのが好きなんです。人の顔を見るのが好きなんですね。今ならどんな顔をしてるんだろう? と想像したりするのがおもしろい。私の母は写真を使ったアートをつくっているので、私の写真も大量にあるのですが、たくさんありすぎてアルバムはつくっていません。アルバムを見る感覚で母の写真集を見ています」と点子さん。

「ともに食す」というプロジェクト

アーティストに案内され、展覧会場に設えられた「プロジェクト・ともに食す」の会場へ。
この展覧会には、こうしていろいろな形で“参加”できるのですが、なかでも『プロジェクト・ともに食す』と『プロジェクト・ともに眠る』は特別です。美術館の展示室でアーティストや美術館のスタッフと食事をしたり、一晩眠る、というプロジェクトなのです。点子さんには「プロジェクト・ともに食す」を体験してもらいました。
『プロジェクト・ともに食す』のコーナー。このプロジェクトは閉館後に行われる。美術館の中とは思えない親密な雰囲気。
展示室内に日本のこたつのようなテーブルがしつらえられていて、そこにリーさんがつくった料理が運ばれてきます。床には黒い大豆が、足下には米が敷き詰められています。テーブルに座ると米を踏むことになるのですが、リーさんによると中国や台湾では米を足踏みで脱穀しているのだそう。「日本には中国や台湾からいろいろな風習が入ってきているから、日本でも足で脱穀していたことがあるんじゃないかな?」とリーさん。その真偽はとにかく、プロジェクトを終えた点子さんは「どの料理もほんとうにおいしかった!」と満足そうです。
「リーさんはオープンでとても話しやすかった。最初に会ったときから優しそうだし、全然緊張しませんでした。アートの話はあまり出てこなくて、好きな科目は?って聞いてくれたり、進路についてアドバイスしてくれたり、お父さんみたいな感じでしたね。リーさんの親戚で、私と同じようにハーフで外国に住んでいる子の話をしてくれたりして、親近感が湧きました」
『プロジェクト・ともに眠る』のためのスペース。壁で囲われた落ち着けるスペース。
この部屋は『プロジェクト・ともに眠る』のための部屋。展示室の一角に壁で囲われたコーナーがあり、ベッドが二つ、置いてあります。そこでリーさんか美術館のスタッフとともに一晩を過ごすのです。奥に並ぶナイトテーブルには参加者がそのときに持ち込んだ品々が置かれます。一番左のテーブルには子どもが描いた絵が置かれていて、参加者の暮らしぶりを想像できます。点子さんは「次は絶対やってみたい!」と興味津々です。
「できれば10人ぐらいで体験してみたい。パジャマでギャラリーをうろうろしたり、かくれんぼしたら最高に楽しいと思う」
美術館でパジャマパーティ。考えただけでわくわくしてきます。リーさんによると『プロジェクト・ともに食す』『プロジェクト・ともに眠る』ではほんとうにいろいろな会話が交わされるそう。普段はなかなか聞くことのできないプライベートな事柄を話す人もいて、リーさん自身も常に発見があるようです。

ユニークな体験は、”持ち帰って”からも楽しい。

『プロジェクト・繕(つくろ)う』のコーナー。色とりどりの糸巻きが壁に取り付けられている。
壁にたくさんの糸巻きが取り付けられたこの部屋は『プロジェクト・繕(つくろ)う』というプロジェクトのためのもの。観客が持ち込んだ衣類や布をリーさんやスタッフが繕いながら、会話をします。よく見ると服を繕った糸は壁の糸巻きにつながっています。机に積まれた服はいろいろな繕い方がされていて、それを見ているだけでも飽きません。服を持ってきた人はその服にどんな思い出があるんだろう、そんなことを想像するとまた一層楽しめます。
『プロジェクト・リビングルーム』の奥にある新作『水の星座』で、リーさんの祖母の椅子に座る点子さん。この椅子を含め、部屋の椅子やソファには自由に座ることができる。
展覧会の最後には『プロジェクト・リビングルーム』という一角があります。大きな窓から東京が一望できる部屋にテーブルとソファが置かれて、リッチな家のリビング・ルームのようです。このプロジェクトはアメリカのイザベラ・ガードナー美術館のためにつくったもの。この美術館ではアートのパトロンであり、コレクターでもあったガードナー夫人のコレクションが、彼女の部屋を飾っているかのように展示・公開されています。ここでは期間中にいろいろなゲストが来てトークをしたりといったイベントが開かれます。

奥で点子さんが座っているのは『水の星座』という作品のリーさんのおばあさんの椅子。彼女は女医で、仕事の合間にこの椅子に座ってリラックスしていたのだそう。観客も座って景色を眺めることができます。
「こうやって空間を楽しめるのってすてき。私は食べるのも会話するのも好きだから、『プロジェクト・ともに食す』はとくに楽しかった。美術館のオープニングでは作品だけでなく、そこで会った人との会話が一番印象に残るんです。リーさんはそのことをよくわかってるんだな、と思いました」


アートを見ることも特別な体験ですが、さまざまな形でコミュニケーションすることでスペシャルな思い出や体験を“持ち帰る”ことができるリーさんの展覧会。一度行くだけでも人生が変わりそうな気がしませんか? 何度か通うとさらに新しい発見があるかもしれない、新しいタイプのアートです。

「リー・ミンウェイとその関係展:
参加するアートー見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる」

会期:2014年9月20日(土)~2015年1月4日(日)

森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~22時  火曜10時~17時(9月23日、12月23日は22時まで) 
会期中無休 ※入館は閉館の30分前まで
入館料:一般¥1,500 高校・大学生¥1,000 4歳から中学生¥500 

www.mori.art.museum/